東京駅丸の内北口に直結する東京ステーションギャラリーで、展覧会「大西茂 写真と絵画」が開催されます。会期は2026年1月31日から3月29日まで。人の流れが絶えない丸の内という場所で、これまでほとんど語られてこなかった一人の作家の仕事を、まとまったかたちで見つめ直す機会となります。
大西茂(1928–1994)は、日本ではほぼ知られてこなかった作家です。名前を聞いて作品やイメージが思い浮かぶ人は、まずいないでしょう。しかし、その制作を辿ると、戦後日本美術のなかでもきわめて特異で、同時に切実な表現の軌跡が浮かび上がります。
岡山県に生まれた大西は、北海道大学で数学を学び、位相数学を研究しました。美術大学で専門的な訓練を受けた作家ではなく、理論と思考の世界に身を置きながら、写真と絵画の制作を独自に続けていった存在です。彼にとって写真や絵画は、ジャンルとして選ばれたものではなく、思考を視覚化するための手段でした。
写真作品では、多重露光やソラリゼーション、現像工程への介入など、既存の技法を解体するような試みを重ねています。写された像は安定することを拒み、重なり、反転し、崩れながら画面に現れます。そこにあるのは記録や再現ではなく、見るという行為そのものを揺さぶる視覚体験です。写真が現実を写す装置であるという前提を、根底から問い直す表現といえるでしょう。
一方、墨を用いた抽象絵画では、線や面が激しく交錯し、制御と逸脱が同時に起こる画面が展開されます。情緒的な表現や装飾性とは距離を取り、思考が進行する痕跡そのものが刻み込まれているかのようです。写真と同様、完成された像を提示するというより、生成の過程が前景化されています。
本展の大きな特徴は、写真と絵画を別々の成果として切り分けるのではなく、両者を往復しながら大西茂の仕事の核心に迫る点にあります。数学から写真へ、写真から絵画へと展開していった制作の軌跡は、分野横断という言葉では言い尽くせない強度を伴っています。理論と感覚、思考と身体、その間を行き来し続けた一人の作家の姿が、静かに、しかし確実に立ち上がってきます。
今回の展覧会は、日本の美術館で初めて、大西茂の全仕事を通覧できる機会です。さらに、写真や絵画作品にとどまらず、数学研究の資料なども含めて、その全貌を紹介する点においては、世界初の試みとなります。断片的に語られてきた作家像を超え、一人の表現者としての輪郭を、初めて立体的に捉える場といえるでしょう。
赤レンガの駅舎内に広がる東京ステーションギャラリーは、日常と非日常が自然につながる場所です。丸の内での仕事や用事の前後に立ち寄り、これまで意識することのなかった写真や絵画の見方を揺さぶられる時間を過ごす。その体験自体が、この街でアートに触れる意味を少し変えてくれるはずです。
誰もが知る名前ではない。だからこそ、先入観なしに向き合える。大西茂の写真と絵画は、見る側の思考を静かに、しかし深く刺激します。丸の内で出会う一展として、時間をかけて味わいたい展覧会です。
「大西茂 写真と絵画」
会期:2026年1月31日(土)〜2026年3月29日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
URL:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/
時間:10:00~18:00(金曜日~20:00)*入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(ただし2月23日、3月23日は開館)、2月24日(火)
この連載の記事
- 第66回
地方活性
丸の内で、日本美術の奥行きに出会う──静嘉堂文庫美術館 2026年の楽しみ方 - 第65回
地方活性
丸の内に居ながら宇宙との距離が縮まる「メテオラプソディ ─ 隕石探査」で星のカケラを鑑賞する - 第63回
地方活性
なぜ明治生命館にオープンしたカフェがこれだけ注目されているのか? - 第62回
地方活性
なぜ東京ステーションホテルは「別格」なのか? 建築美だけに留まらない丸の内を象徴する美学が詰まった一冊 - 第61回
地方活性
アール・デコとモードの時代を体現。美術館併設のカフェで食べる美術品のような一皿 - 第60回
地方活性
なぜ一流の経営者はアートを学ぶのか?その答えに出会える静嘉堂の三菱・岩﨑家コレクション「オールスター展」 - 第59回
地方活性
書と絵画のあいだを自由に行き来する― 筆のリズムを生かした婁正綱の独自スタイルに丸の内で出会う - 第58回
地方活性
“世界を旅した布”を通して体感する、文化交流の壮大な歴史 - 第57回
地方活性
三菱一号館美術館「ルノワール×セザンヌ」展を100倍楽しむための読書案内 - 第56回
地方活性
41歳でアートに目覚めた著者による読者を選ばないガイドブック 『東京23区 くつろぎの超個性派美術館・博物館』








