このページの本文へ

AIエージェントに選択肢 「AWS re:Invent 2025」レポート 第6回

re:Invent 2025のカスタマー登壇にAIエージェント活用の秘訣があった

1人で100機のロケットを打ち上げるため、Blue OriginにはAIエージェントが必要だった

2025年12月11日 09時00分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 AWS re:Invent 2025でAIエージェントの本番での活用について語ったスワミ・シバスブラマニアン氏の基調講演のゲストとして登壇し、ひときわ大きな歓声を浴びたのは、宇宙開発を手がけるBlue Originのウイリアム・ブレナン氏だ。宇宙開発とAIエージェントと一見離れていそうだが、宇宙へのアクセスを身近にするBlue Originにとっては必要不可欠な存在だった。

Blue Originのウイリアム・ブレナン氏

宇宙開発のフロンティア、AIエージェントと遭遇する

 2000年にAmazonの創設者ジェフ・ベゾス氏が設立し、着実に宇宙開発を手がけてきたBlue Origin。同社のテクノロジートランスフォーメーションVPであるウイリアム・ブレナン氏は「ポップカルチャーでは、いつも宇宙の探検家にはAIのパートナーがいました」とAIと宇宙探査との関係を名作SFを例に紹介する。

 そして、「私たちは人口知能と宇宙探査が融合できる世界をいつも夢見てきました。でも、私たちはもう未来を夢見ていません。構築しています」と語り、10年前に打ち上げた準軌道飛行用の有人宇宙船「NEW SHEPARD」について説明する。NEW SHEPARDは自律的に打ち上げ、着陸する初のロケット。以降、15回の飛行で86人がBlue Originの自動操縦に命を預け、宇宙から地球を眺めることができた。

 先月打ち上げた「NEW GLENN」は、打ち上げ頻度の増大に対応し、月面への着陸と活動を見据えた軌道級の巨大ロケット。ここでの研究開発に用いられているのが、この10年で一気に進化を遂げたAIだ。「AIエージェントは私たちの新しいチームメイトで、より速く、より安く、月に行けるように支援してくれる」とブレナン氏は語る。

 1万人近い従業員でエンジニアリング、製造、ソフトウェア、サプライチェーンまで垂直統合で行なっているBlue Originにとって、AIは重要だったが、LLMには同社の専門知識やノウハウは含まれていない。そこでBlue Originは従業員が誰もがエージェントを構築できる社内プラットフォーム「BLUE GPT」をAWS上に構築。Amazon Bedrockで複数のモデルを選択でき、ドメイン知識もセキュアに利用できるという。

従業員自らAIエージェントを構築できるBLUE GPT

 BLUE GPTの登場で、AIエージェントは爆発的に普及した。現在は2700ものエージェントで、3.5Mのやりとりが行なわれている。ソフトウェアエンジニアリング、サプライチェーン、製造、HRなど幅広い分野で利用されており、現在は従業員の約7割、ソフトウェアエージェントの95%がAIエージェントを活用しているという。

AIエージェントとの連携で高品質な製品をより高速に

 AIエージェントの活用事例として挙げたのは「TEAREX」というプロジェクトだ。これはThermal Energy Advanced Regolith Extraciton(熱エネルギー高度レゴリス抽出)の略で、月の塵(レゴリス)を採集し、チェンバーで循環させ、軽量の熱交換器で熱を抽出。シリンダーに流すことで、残りの機械を研磨性のある岩石から守るという熱サイクルシステムだ。

 こうした仕組みが必要なのは、月では太陽が当らないと約14日間の長期に渡って暗闇が発生するためだ。「TEAREXは昼の間にレゴリスを再充電し、月の塵をバッテリに変え、次の夜に備える」とプレナン氏は語る。このTEAREXの開発に寄与したのがBLUE GPTから構築したエージェントだ。あるエージェントは詳細な要件についてサポートし、あるエージェントはシミュレーションと分析を行ない、設計ループの自動化と製品の迅速な改善に寄与した。「従来より75%速く高性能な製品を提供でき、質量も40%向上した」(ブレナン氏)という。

昼の間にレゴリスを再充電し、長い夜に備える

 ブレナン氏は「TEAREXはBlue Originのエンジニアチームの将来像を示す素晴らしい例です。小規模な専門家チームが大規模なAIエージェントチームと連携し、これまでより高い成果を桁違いに早く提供します」と語る。ロケットや月面インフラを開発していない企業でも、専門知識とカスタムツールを使っていれば、AIエージェントの恩恵は受けられるという。

 社内で学んだ経験を元にブレナン氏は、「AI導入は技術チームの仕事ではなく全員の仕事として考える」「イノベーションのプロセスは複雑でも、(エージェントの)発見は容易に」「LLMエージェントのプリミティブとスケーリングはAWSに任せ、顧客の問題解決に専念すべき」とアドバイスする。

 Blue Originは今後はすべての開発にAIを取り込む予定。「1人で1基のロケットを打ち上げるのではなく、1人で100機のロケットを打ち上げられる世界を信じてます」と語るプレナン氏は、AWSと今後のパートナーシップを強化し続けつつ、宇宙への道を建設し続けていくとまとめた。いち早くAIエージェントを取り込んでいくイノベーション企業のスピード感に、日本企業は果たしてついて行けるのだろうか? 
 

カテゴリートップへ

この連載の記事
  • 角川アスキー総合研究所