Apple Watchが登場してから10年が経過しました。当初はiPhoneの通知を手元で確認するためのコンパニオンとしての側面が強かったデバイスが、年月を経て、人々の健康を見守る頼もしいヘルスケアデバイスへと進化を遂げました。
この10年の節目に、Apple Watchのヘルスケア機能の歩みを振り返りつつ、先行してきたアメリカに続いて日本でも12月4日から使えるようになった「高血圧パターンの通知機能」について解説します。
Apple Watchが高血圧のリスクを知らせる
新しく加わった「高血圧パターンの通知」は、ユーザーが常時身に着けているApple Watchを使って「高血圧の兆候」を知り、医師の診断を受けた後に治療や予防に役立てるための機能です。Apple Watchが搭載する光学式心拍センサー(PPG)を活用し、血流のパターンから高血圧のリスクを推定するという新しいアプローチを特徴としています。
なお、腕に巻きつけて血圧を測る「血圧カフ」のように、オンデマンドで数値を測定する機能ではありません。
高血圧は世界中で約13億人の成人が罹患しているとされています。自覚症状がほとんどないため「サイレントキラー」と称されることもあるとか。
帝京大学医学部 内科学講座教授で高血圧の専門医である柴田 茂氏は、日本では高血圧が長らく“国民病”と呼ばれてきた背景に触れつつ、「今日においても極めて重要な疾患である」と強調しています。2019年の推計では、国内に約4300万人の高血圧患者がいるとされ、そのうち血圧を適切に管理できているのはわずか4分の1程度に過ぎません。さらに残る人々のうち約3分の1は、自身が高血圧であることに気づいていないという状況です。
こうした未治療の高血圧は、脳出血など深刻な健康被害を招く恐れがあります。また発症は中高年に限られず、近年は20~30代の若年層でも確認されており、より広い世代にとって看過できない問題となっています。
自身の高血圧の症状に「無自覚な期間」を防ぎながら、症状の早期発見につなげることにも、Apple Watchの「高血圧パターンの通知」の機能が役に立ちそうです。
ウォッチを毎日身に着けるだけで
モニタリングしてくれる
高血圧パターンの通知機能は、Apple S9チップを搭載するApple Watch Series 9以降、Apple Watch Ultra 2以降のモデルに、watchOS 26を投入した環境で利用できます。ペアリングしたiPhoneもiOS 26.1以降にアップデートして、「ヘルスケア」アプリから簡単な初期設定と、計測したデータの管理をします。
初期設定を済ませれば、以降面倒な操作は不要です。機能を有効にした状態で30日間Apple Watchをただ身に着けるだけ。ですが、もちろん入浴中など1日の間にApple Watchを外していても大丈夫です。
データの計測と収集は、Apple Watchが従来モデルから搭載する光学式心拍センサー(PGG)を使います。30日のあいだ、14日間ぶんのデータ計測が有効であれば、30日が経過した後に高血圧パターンの通知がApple WatchとiPhoneに届きます。
初期設定の際、ひとつ注意したい点は最初のアンケートで「高血圧と診断されたことはありますか?」という設問に対して「はい」と、間違えて回答してしまうと通知機能が使えなくなることです。ならば、次にユーザーが取るべき行動は医師の診察を受けることだからです。
設定を澄ませると、ヘルスケアアプリの「ヘルスケアチェックリスト」に高血圧パターンの通知カードが追加されます。続いてユーザーがするべきことは、Apple Watchを就寝中も含めて日常的に着用するだけです。
通知を受け取ったユーザーには、医療機関への相談や家庭用血圧計を用いた正確な測定をするよう、ヘルスケアアプリによるガイダンスが届きます。Apple Watchの役割はここまでです。なぜなら、症状改善のこの機能の目的は、ユーザー自身の症状に対する「気づき」を与え、医師による診断や治療という次のステップへ促すことであり、医療的な診断を直接提供することではないからです。
光学式心拍センサーの用途を広げる
画期的なアルゴリズムを構築
Apple Watchの裏面にある光学式心拍センサーは、LED光を皮膚に照射し、血流による光の吸収量の変化を読み取ることで心拍数を計測しています。
新しい高血圧パターンの通知機能では、このセンサーが捉える「脈波」の形状を詳細に分析します。心臓が脈を打つたび、血管へ血液が送り出されます。その際の血管の反応や波形は、血圧の状態によって微妙に変化します。
この微細な特徴を解析して、独自の機械学習アルゴリズムをアップルは構築しました。従来からApple Watchに搭載する光学式心拍センサーから、高血圧の兆候を捉えるという「新しい用途」を生み出したのです。
このアルゴリズムの開発には、10万人を超える参加者から得られた大規模な研究データが活用されています。多様な血圧レベルが脈波の波形にどのように反映されるのかを詳細に学習させることで、多層的な機械学習モデルが構築されました。関連する研究開発はアメリカで一貫して行なわれています。
人種・年齢・性別・BMI(Body Mass Index:体格指数)などの異なる参加者2000人以上を対象とした臨床研究も実施され、実環境での精度検証が重ねられています。こうした大規模データと臨床研究の両輪によって、機能の信頼性と再現性が磨かれています。
日本でも高血圧パターンの通知機能が利用できるようになったことで、予防医療に役立つウェアラブルデバイスとして、Apple Watchへの期待が今後も高まりそうです。
Apple Watchのヘルスケア関連の用途は広がり続ける
2025年はApple Watchが発表から11年、発売から10年という節目を迎えるアニバーサリーイヤーでした。
アップルが独自のデバイスによるヘルスケア分野のサービスを本格的に開始したのは、2014年のiPhone向け「ヘルスケア」アプリのリリースと、続く2015年のApple Watchを発売した頃からでした。その後の10年間で、Apple Watchがカバーする健康領域は身体だけでなくメンタルヘルスにも拡大しました。
また、身体の健康についても心臓の健康、月経周期、聴覚、睡眠など18もの異なる健康分野を細かくカバーしています。
特に「心臓の健康」は長らく、そして今もなおApple Watchの中核的なテーマです。最初はシンプルな心拍数の計測に始まり、Apple Watchが発売されてから約10年間のあいだに、高心拍数・低心拍数の通知機能、心房細動履歴、そして医療機器としての承認を受けた心電図アプリの実装へと進化してきました。
これらの機能は、ユーザーが自身の心臓の状態を日常的にモニタリングすることを可能にしました。その結果、アップルはユーザーの命に関わるリスクを多く回避してきたと伝えています。
ヘルスケア関連では、最新のwatchOS 26から「睡眠」アプリで睡眠スコアを表示できるようになりました。Apple Watchを装着したまま眠ると、眠っていた時間の「長さ」だけでなく、眠りについた時刻や、最近の履歴を基準にした就寝時刻の一貫性などを合わせて計算しながら、スコアを算出します。
スコアはあくまで睡眠の「質」を参考程度に視覚化するものですが、筆者は寝覚めが悪かったり、体調が優れない日にはスコアを参照して、その日の食事や休息の取り方を検討する用途に役立てています。
Appleデバイスのヘルスケア機能とは直接関係しませんが、今年6月24日から「iPhoneのマイナンバーカード」という新サービスの提供が始まりました。iPhoneの「ウォレット」アプリにマイナンバーカードを追加できるようになり、各種行政サービスをスマートフォンだけで利用できます。
スマホでの「マイナ保険証」利用に対応する医療機関や薬局は現在も拡大途上にありますが、顔認証付きカードリーダーとスマートフォン対応の汎用カードリーダーを設置している施設であれば、iPhoneをかざすだけで利用が可能です。
2026年もAppleデバイスによるヘルスケア機能の広がりに注目しながら、最先端の情報をレポートしたいと思います。

筆者紹介――山本 敦
オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。取材対象はITからオーディオ・ビジュアルまで、スマート・エレクトロニクスに精通する。ヘッドホン、イヤホンは毎年300機を超える新製品を体験する。国内外のスタートアップによる製品、サービスの取材、インタビューなども数多く手がける。


















