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【ウォーターサーバー不要】空気から水を生む「無限水」について聞いたらガチでインフラ革命だった

連載
ASCII STARTUP TechDay 2025

 「ASCII STARTUP TechDay 2025」の展示で、個人的に最も気になっていたのがENELL株式会社の「無限水」だ。私はふだん除湿器を使っていて、夏場は数時間でタンクに2リットル近くの水がたまり、「空気って、こんなに水分が含まれているのか」と驚かされる。

 また、病院などではウォーターサーバーをよく見かける。「水道水で十分なのに、わざわざ配達してもらうのはもったいないな」と感じていた。空気から水をつくる「無限水」は、まさに“ありそうでなかった”技術である。

 無限水は次世代のウォーターサーバーになり得るのか。電気代はどれくらいか、生成速度はどの程度か、味はどうか……気になる点は多い。

 ENELL代表の赤石太郎氏は、「これは数ある技術のうちの一つであり、私たちのメイン事業というわけではありません」と前置きしたうえで、開発の背景から説明してくれた。

ENELL株式会社 代表取締役 赤石太郎氏

水インフラが抱える大きな課題

 同社が目指すのは、水道インフラのオフグリッド化だ。電気は太陽光×蓄電池で自給が可能になったが、水は依然として大規模施設と長距離配管に頼らざるを得ない。

 日本では「水が安全」と言われ、たまに水不足で節水が呼びかけられる程度で、危機意識はあまり高くない。しかし裏では、浄水道対策に1.8兆円、国土強靭化に4兆円が毎年投じられている。

 さらに世界を見ると、4人に1人が“きれいな水”にアクセスできない。特にアジアやアフリカでは、水不足が健康被害や経済損失の大きな要因となっている。従来の「雨水を集め、まとめて浄化し、配管で運ぶ」方式は、人口減少やインフラ老朽化が進む現在では限界が見えつつある。

泥水でも15秒で飲める水に

 NELLは浄水施設の小型化・分散化に取り組み、建物単位で水処理を完結させる技術を開発した。

 雨水や川の水はもちろん、災害現場では田んぼの泥水にも対応できる。逆浸透膜のROフィルターと独自の殺菌技術により、約15秒で“飲用レベル”の無菌水が生成される。装置1台で最大1日600L(約300人分)を生産可能だ。

 東京で最も汚れた川の水を用いた長期試験では、水道水基準を満たす水が生成され、タンク内で半年放置しても無菌状態を維持した。

水分子のみを通すROフィルターでほぼ純水を作り出せる

  空気から水を取り出す機能は、こうした分散型浄水技術の一つの応用である。雨水や川水があれば浄水し、なければ空気中から飲料水を作り出す仕組みだ。

防災から日常利用まで幅広く導入

 用途に応じて3種類の製品を展開しており、最小モデルはサブスクリプション形式で月額1万5000円。フィルター交換や修理費が含まれ、ボトル購入が不要なため、一般的なウォーターサーバーと比較しても高いコストパフォーマンスを発揮する。

 企業や建設現場では、防災備蓄の省スペース化、BCPコスト削減、熱中症対策などに活用が進む。普段は水道水を入れて浄水器としても使えるため、日常利用と非常時利用の両立が可能だ。

空気からの水生成だけでなく、水道接続や汚水ろ過にも1台で対応する

住宅へのビルトイン、海外からの視察も

 水インフラは「浄水」「中水」「下水」に分かれるが、ENELLが注力するのは付加価値の高い“浄水”領域。今後は住宅へのビルトイン展開も予定されており、ハウスメーカーとの連携も始まっている。

 海外からの関心も高く、アフリカ各国の大使が視察に訪れたとのこと。将来的にはライセンス提供型のビジネスモデルも検討されている。

“専門外だからこそ”のブレイクスルー

 興味深いのは、この技術が「水の専門家ではないチーム」から生まれた点だ。「既存の常識にとらわれなかったことが大きい」と赤石氏は語る。どのような仕組みなのか気になるところだが、コア技術は社内で厳しくブラックボックス化され、詳細を把握しているのは赤石氏と技術責任者の2名のみだという。

 仕組みが見えづらく不安に思う人もいるかもしれないが、同社は国の基準より厳しい東京都の水質検査をクリアしている。

 省エネ性も高く、1カ月の電気代は1000〜1500円。日本イノベーションアワードのグランプリ、KPMGグローバルテックイノベーター日本2位など、国内外での評価も高い。

空気から水をつくる——水インフラの“次の形”

 「無限水」は単なる浄水器ではなく、水インフラの在り方そのものを再定義する技術だ。老朽化、災害、水不足といった課題が深刻化するなか、“空気から水をつくる”というアプローチは、都市にも地方にも、そして海外にも大きなインパクトを与える可能性がある。古代ローマから続く水道の歴史に、新たな変革が訪れようとしているのかもしれない。

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