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起業に勇気はいらない? ベースフード橋本氏と伊藤羊一氏が語る“アントレ精神”

「MEXT秋のアントレ祭!2025」(文部科学省主催)レポート

提供: 文部科学省

 文部科学省は2025年10月4日、「MEXT 秋のアントレ祭!2025~楽しく学んでジブンアップデート」を東京・有楽町のTIB(Tokyo Innovation Base)にて開催した。アントレプレナーシップを“新たな価値を生み出す精神”と位置づけ、児童・生徒から保護者、教職員まで幅広い層を対象にした体験型イベントだ。ブースでは大学や企業による展示やワークショップが並び、ステージでは教育現場の第一線で活躍する専門家による講演やセッションが行われた。

大学や企業・団体が工夫を凝らした13の体験ブース。多くの子どもたちがワークショップに参加した

ステージでは、文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 室長 溝田 岳氏が開会挨拶を行った

今の日本にこそ必要な「アントレ精神」

 イベントの冒頭、行政調査委員 甲山雄一朗氏が登壇し、文部科学省のアントレプレナー施策を説明した。

文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 行政調査委員 甲山 雄一朗氏

 甲山氏はまず、日本の経済成長の現状に触れた。2000年には世界第2位だったGDPが、2024年には第4位、2025年にはインドに抜かれ第5位に下落する見込みだ。その背景として「日本からイノベーションが生まれにくい構造」を挙げた。

 世界ではスタートアップが経済成長や雇用を牽引しているが、日本では若者の自己効力感やリスク許容度が低い。また、若者の意識についても、6カ国を対象にした18歳の意識調査では「将来への期待」や「リスクをとって挑戦する意欲」が最下位だったという。

 「困難や変化に直面しても、自ら枠を超えて行動を起こし、新しい価値を生み出す精神こそアントレプレナーシップ。これは起業家だけでなく、すべての人に求められる姿勢です」と甲山氏。

 企業が学生に求める能力も、従来の「真面目さや責任感」から「問題発見力や革新性」へと変化しており、社会全体が柔軟な人材を必要としていると強調した。

文部科学省の施策とアライアンス

 文部科学省では、小中高から大学・大学院まで幅広くアントレプレナーシップ教育を推進している。例えば、大学が主体となって小中高生・大学生・大学院生等まで教育プログラムを展開する「大学発新産業創出プログラム START」や、起業家等を学校に派遣する「アントレプレナーシップ推進大使事業」、全国的な教育環境整備を進める「全国アントレプレナーシップ醸成促進事業」などだ。

 さらに、「ジャパン・アントレプレナーシップ・アライアンス」を経済産業省とともに発足。全国の地方公共団体、経済団体等、11月時点で計26団体が参加し、相互連携によりアントレプレナーシップ教育を効果的・効率的に実施する取り組みを広げている。

栄養バランスの良い主食「ベースフード」の誕生から学ぶアントレプレナーシップ

 イベントのステージでは、アントレプレナーシップ推進大使による模擬授業やゲストによる基調講演等を展開。本稿では、印象的だった2つの講演を紹介する。

 ベースフード株式会社 CEOであり、文部科学大臣任命のアントレプレナーシップ推進大使としても活動する橋本氏は、自身の起業エピソードを交えながら、アントレプレナーシップの本質を語った。

ベースフード株式会社 CEO橋本 舜氏

進路観の転換から起業へ

 橋本氏は、まず「なぜ起業に至ったのか」から話を始めた。大学時代は「大手企業への就職」が当たり前とされる空気の中にいたが、映画『ソーシャル・ネットワーク』の影響やSNSの広がり、iPhoneの登場、さらにリーマン・ショックや震災ボランティアの体験が重なり、「下積みではなく、自分で動く」価値観へと傾いていった。

 DeNAに入社後は新規事業に関わり、スタートアップの持つ“ひらめき”やリスクテイクの文化に触れる中で、「自分でも挑戦すべきだ」と起業を決断した。

原体験から生まれた“主食イノベーション”

 起業のきっかけは、一人暮らしで直面した日常の課題。「栄養バランスの取れた食事を続けるのは難しい」。そこから「主食そのものに栄養を練り込めばいい」という発想が生まれた。

 同級生の栄養士に相談して「日本人の食事摂取基準」や栄養計算ソフトの存在を知り、まずはExcelで簡易版を自作。週末にはスーパーを回って“粉にできる食材”を片っ端から調べ、家庭用パスタマシンで試作を始めた。最初は「謎の黒い塊」ができあがるばかりだったが、タンパク質の構造や食材の相性を学び直すため、物理や化学を再勉強。専門家の助言も受けながら1年間で約100回の試作を重ね、友人の試食を経てネット販売にこぎつけた。

販売から本格的な事業へ

 最初の一歩はクラウドファンディングと友人ネットワークだった。その後「世界初の完全栄養パスタ」を打ち出したPRイベントでメディアが集まり、SNSで拡散。Amazon食品ランキング1位を獲得した。採用や事業拡大が必要となり、ベンチャーキャピタルから資金調達して事業を本格化させていった。

防災にも役立つ完全栄養食

 ベースフードの特長は、煮炊き不要で食べられ、栄養バランスが担保され、賞味期限も長いこと。非常時に“実用的に食べられる栄養食”は意外に少なく、災害対策用としての活用も進んでいる。

気負いすぎない“起業のしかた”

 講演の最後に橋本氏は、アントレ授業で生徒からよく寄せられる質問に触れた。

「起業に勇気は必要ですか?」という問い対して橋本氏は、「起業だけが特別にリスクが高いわけではない」と答える。

 大変さは確かにあるが、それ以上に「自分の課題を解くことが誰かの役に立つ」という実感が幸せにつながると強調。「試作→学び直し→仲間づくり→小さく売る」を積み重ねれば、誰にでも再現できる一歩目になる。気負いすぎず挑戦することの大切さを子どもたちに伝え、講演を締めくくった。

講演「アントレプレナーシップをもって突き抜けよう」

 橋本氏に続いて登壇したのは、武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長、Musashino Valley 代表/元Yahoo!アカデミア学長、Voicyパーソナリティの伊藤羊一氏。講演「アントレプレナーシップをもって突き抜けよう」では、今なぜアントレプレナーシップが注目されているのか、保護者や学校の先生が知っておくべきことを語った。

武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長、Musashino Valley 代表、元Yahoo!アカデミア学長、Voicyパーソナリティ 伊藤 羊一氏

テクノロジーは“行動様式”を変える

 伊藤氏は、まず「バチカン広場」の写真を提示。2005年は肉眼で見ていた群衆が、2013年には一斉にスマホを掲げる風景に変わっている。2005年当時もコンパクトカメラなどは普及していたが、撮影する人はほとんどいなかった。人々の行動を変えたのはSNSの登場だ。

 ソフト×ハードが組み合わさると人の行動自体が変わる。日本は“ものづくり”の強みを持つ一方、体験設計まで含めた発想が弱いと指摘。トヨタのモビリティ体験やソニーのプロダクト設計を例に、「製品」単体ではなく体験全体をどう変えるかが問われていると整理した。

生成AIの“その次”―Internet of Everything

 次に、テーマは生成AIの先へ。Internet of Everything(IoE)によりネットがスクリーンの外へ拡張すると、椅子や空調など物理環境の情報までが接続される世界になる。オンライン会議で参加者の状態をセンシングし環境を最適化する、といった例を挙げ、「想像したものをより簡単・自由に具現化できる時代が来ている」と伊藤氏は話す。

1995年を境に、日本は“横社会の時代”に乗り遅れた

 日本経済の停滞については、1995年=インターネット元年を分岐点に位置づける。米国が妄想や仮説をプロダクトに落とし込む企業を次々と生んだ一方、日本は従来の「正解を素早く出す」教育・組織文化から抜け出せず、創造と変革が主役の“横社会”への移行が遅れた、と問題提起。だからこそ今、アントレプレナーシップが土台になると強調した。

学びの回路は、刺激→自分の頭で考える→みんなで話す→実践

 武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の取り組みも紹介。同学部では、起業“家”を量産するのではなく、起業家精神(マインド)を育むことを目的としている。カリキュラムは、①刺激的なインプット → ②自分の頭で考える → ③みんなで話す(Aha!) → ④実践(やってみる)のループを徹底。授業ではインプットを最小にとどめ、対話とワークを最大とし、「考える→話す→手を動かす」を高速で回す設計だ。

「夢は人それぞれ」—過去を語ることから始めよう

 夢ややりたいことは人によって異なる。背景となる過去の経験が異なるためだ。学生にはライフラインチャートで山や谷を可視化させ、過去→現在→未来の連続性を言語化する。夢がなければ“延長線の未来”が来るだけ。夢を描けば今日の行動が変わり、未来が変わるというメカニズムを示した。

失敗は“うまくいかない方法の発見”

 新しい挑戦には失敗がつきものだが、失敗と思わなければいい。うまくいかない方法を見つけたと思って続けていけば、実装に近づく。 転びながら学ぶ態度こそが、イノベーションの現場で効く“基礎体力”になると語った。

 最後に、Oasisの歌詞を引用し、「Your future is free(あなたの未来は自由だ)。夢を描き、語り、踏み出す。アントレプレナーシップは、キャリア教育やセルフリーダーシップとほぼ同じ。“自分の人生を自分で進める力”そのもの。みんなで信じて、行動して、未来をつくっていこう」と締めくくった。

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