日本では作れないのに輸入はできる。がん治療を支える『核医学』の不思議
「核=危険」と思いきや、医療では当たり前になっていた
正直、「核=放射能=危険」というイメージは根強いし、それは決して間違っていない。けれど、病院ではがん検査や治療に“核医学”が当たり前のように使われている。PET検査で投与される薬剤や、甲状腺がんの治療に欠かせない放射性ヨウ素など、気づかないうちに私たちは核に助けられているのだ。
でもひとつ不思議なことがある。放射性同位元素(RI)の多くは日本国内で安定して作れないのに、完成品なら輸入はできてしまう。つまり「作るのはダメ、でも輸入はOK」というルールに支えられて、私たちのがん医療は成り立っているのだ。
日本の“核アレルギー”が足かせに
なぜ日本ではRIを作れないのか。その背景には「核=危険」という強い社会イメージがある。広島・長崎の原爆や被曝のニュースを見聞きしてきた私たちにとって、核と聞いただけで拒否反応が出るのは自然なことだ。
この「核アレルギー」は核医学の普及にもブレーキをかけてきた。研究者が成果を出しても、病院に設備を増やそうとすると「放射性物質は不安だ」という声があがり、事業化は進みにくかった。
福島原発事故が生んだ転換点
転機になったのは、皮肉にも2011年の福島第一原発事故だ。「核は怖い」という感情はより強まった一方で、「どう安全に管理するか」という議論を避けられなくなった。廃棄物の扱いや規制対応、医療インフラとして核医学をどう根付かせるか――現実的なテーマとして動き出したのだ。
スタートアップが挑む“矛盾”の突破
ここで登場するのが、北海道大学発のスタートアップ、AMS企画株式会社だ。彼らは「核は怖い、でも治療は必要」という社会の矛盾に正面から取り組んでいる。
例えば、病院では放射性薬剤を投与した患者をすぐ退院させられない。体内から排出される放射性物質の処理がネックで、病室の回転率が下がってしまうのだ。AMS企画はこれを解決するため、ベッドサイドに置ける専用フィルターを開発。排出物を安全に処理できるので、患者は早く退院でき、病院も同じ設備でより多くの患者を診られる。病院経営にもプラスになる仕組みだ。
さらに、前立腺がん検査で使う次世代PET薬剤「68Ga-PSMA」や、放射性治療薬「アスタチン211」の開発支援など、最前線の核医学そのものにも挑戦している。
制度の追い風も少しずつ来てる
最近では日本政府も核医学を含む新モダリティの実用化を後押しし始めた。厚労省は「治療用放射性医薬品の試験デザインに関するガイドライン案」を発表し、パブリックコメントを募集中。AMS企画も専門コメントを提出し、制度整備の議論に参加している。
世界は核医学市場が熱い
一方、グローバルでは放射性医薬品市場が急成長しており、2023年時点で約67億ドル規模。年率8%で2028年まで拡大が見込まれている。日本でも前立腺がんや神経内分泌腫瘍向けの診断薬が広がり、新技術を導入しやすい環境が整いつつある。
国内でも2025年5月、国産放射性医薬品の開発を進めるリンクメッド株式会社がシリーズBで累計38.5億円を調達するなど、“国産核医学”の基盤作りが加速している。
「核は怖い」という既成概念を、社会実装と技術革新で塗り替えられるか。スタートアップたちにはぜひがんばってほしいが、制度や投資など周りの後押しにも期待したい。




































