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70社以上のユニコーンを輩出する北欧スタートアップエコシステムの秘密を探る

北欧5カ国が参加「ノルディック・スタートアップ・デー」レポート

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 2025年5月6日に大阪夢洲で開催中の大阪・関西万博にて「ノルディック・スタートアップ・デー」が開催された。会場は、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンの5カ国が共同運営する北欧パビリオン「ノルディック・サークル」内にあるカンファレンスルームで、国内外から数多くの参加者が集まった。

北欧スタートアップをテーマにしたイベントが万博で開催された

 北欧では早くからスタートアップエコシステムが発達し、ヘルシンキの「Slush」やコペンハーゲンの「Tech BBQ」といったスタートアップイベントの開催地としても知られている。これまでに70社以上のユニコーンを輩出しており、その数はシリコンバレーに次いで多い。中でもスウェーデンは投資も活発で、人口一人当たりのVC(ベンチャーキャピタル)からの投資額がヨーロッパ1位である。

 オープニングに登壇したスウェーデン気候・企業省副大臣であるSara Modig/サーラ・モーディグ氏は、「スウェーデンでは産官学協力でイノベーションを生み出すエコシステムが100年前からある。イノベーション省もあり、起業手続きの簡素化や規制を減らすなど、ビジネスがしやすい環境を作りだし、投資にも力を入れ、民間からの投資比率も高い」と説明する。また、政府は2024年12月に研究およびイノベーション分野に4年間で6億5千クローナ(約963億円)を投資し、GDPの3.4ポイントを研究分野に費やしているという。

スウェーデン気候・企業省副大臣のSara Modig/サーラ・モーディグ氏

 日本との関係については、北欧5カ国のスタートアップや成長企業の日本進出を支援する、コミュニティプラットフォーム「ノルディックイノベーションハウス(NIH)東京」があり、5カ国の駐日大使館商務部や貿易振興機構と連携し、北欧と日本の関係者を繋ぐイベントなどを行なっていることが紹介された。

イノベーション分野や女性創業者の投資に力を入れる

 最初のパネルディスカッションは「北欧のスタートアップエコシステムの秘密の源:ユニコーン工場を支える原動力」と題し、北欧のスタートアップを支援する4つの組織が登壇した。

4つのスタートアップ支援組織の関係者が登壇して活動内容を紹介した

 フィンランドからは2つの組織が登壇した。首都ヘルシンキの貿易・投資促進機関である Helsinki Partners/ヘルシンキパートナーズでは、国際投資のガイドや企業誘致を官民連携で行っている。アジアの起業家・投資家を対象に無料で提供しているビジネス支援プログラムなどを実施しており、日本からの参加者を増やしたいとしている。ちなみに2019年より福岡地域戦略推進協議会と経済連携協定を締結し、国立技術研究センター(VTT)とも連携している。

 もう一つのBusiness Vantaa/ビジネス・ヴァンターは、ヴァンター市の産官学民が連携して起業やビジネスをサポートしている。スタートアップが欧州市場へ進出する入口としての機能もあり、公的資金にアクセスする方法などを提供している。

 さらにフィンランド全体としてはイノベーション投資に力を入れており、2030年までに研究開発費を4%に引き上げ、増加分の3分の1は公共部門から拠出される予定だ。オープンイノベーションにも力を入れ、日本企業とも協力していきたいとしている。

 Business Iceland/ビジネス・アイスランドは、海外進出を促進するパートナーシップという立ち位置で、直接投資の呼び込みなども行っている。アーリーステージのスタートアップも含め対象は広く、水産業、グリーンエナジー、観光分野での専門家による支援を得意としている。それらの分野は日本との連携でも相性が良いことから、今後の連携に期待しているという。

 Sweden Incubators and Science Park/スウェーデン・インキュベーターズ・アンド・サイエンスパークは、業界団体のイノベーションハブとして会員を支援している。約5000のメンバーが参加し、国際的なインキュベーションプログラムも運営している。マッチメイキングシステムのようなものもあり、他の支援組織とも協力しながら出会いの機会を増やしている。

 このように各地域でそれぞれ特色ある活動が行なわれており、イノベーションに対して積極的に投資し、海外との協力関係も進めようとしていることがわかる。

 北欧地域全体の支援活動としては、グローバルなテック系スタートアップエコシステムのコミュニティであるGlobal Tech Advocatesの北欧およびバルト諸国支部である「Tech Nordic Advocates」があることも紹介された。様々な活動の中には、女性創業者を対象にしたサミットとピッチコンテストがあり、女性創業者だけを対象にするVCもあるという。

 欧州と比べて北欧は女性政治家が多く、アイスランドはジェンダーの格差に関する調査で15年連続世界一にある。また、エンジニアの25%は女性が占めているというが、育成に関しては男女を問わず力を入れており、そうしたフラットさがかえって女性参加の比率を高めているのかもしれない。

 また、北欧がスタートアップに多数輩出しているのは、厳しい気候に対抗してきたことやレジリエンスに優れ、失敗を恐れず好奇心も高いことが原動力につながっているのではないかという意見も出された。

大学内外で企業家精神を育成する仕組みづくり

 北欧がスタートアップに強いもう一つの理由として、アカデミアとの連携がある。例えば、フィンランドのディープテック関連スタートアップの半数は、大学や研究からのスピンアウトによるものだ。また、AI、量子、バイオ、気候といった専門分野のテック企業が多く、お互いが競争するより良いものを相互に引き出す関係にあるという。

 2つ目のパネルディスカッションではその点がさらに深堀された。「イノベーションの触媒としての大学の役割」をテーマに、オーフス大学、ヘルシンキ大学、アールト大学の起業家支援組織 Aaltoes(Aalto Entrepreneurship Society:アールトス)が登壇し、それぞれの活動を紹介した。

北欧では大学からのスタートアップ支援も充実していることが紹介された

 デンマーク第2の都市オーフスにあるオーフス大学は、世界の大学トップ100に入り、コペンハーゲン大学との違いを出すことの一つとして起業支援を行っている。カンファレンスやマッチングイベントの開催も含めてハイレベルの人材を育成し、34社が起業している。デンマークの企業やビジネスに関する多くのデータを持ち、キャリアアドバイスや企業戦略をアドバイスを提供するといったエコシステムの支援を目指している。運営面では単純に起業家を増やすだけでなく、学生の夢を叶える手伝いをすることを重視し、時間をとって考えるようにしているという。

 ヘルシンキ大学にはイノベーションシステムがあり、街とも連携しながらこの3年間で200以上の起業を育てるなど、規模は小さくても大きな成果を出している。若い時期に起業家精神を持つことで、どこでも通用するようになるという信念のもと、学外の様々な組織と同盟関係を築きながら、支援の仕組みを作りあげている。また、イノベーションの支援は大学外にも開かれており、他の大学から特に博士課程の学生が今後の進路に多様な視点を求めて学びにくる。現在、誰でも参加できる6つのインキュベータープログラムを運営している。

 大学としてはより良い研究を増やすことに注力しており、ディープテック、医学、製薬、食、といった分野に強い。今後はさらにライフサイエンスの研究を深め、起業支援以外でもソリューションを展開することを計画しているという。

 ヘルシンキに近いエスポにあるアールト大学から生まれたAaltoesは、他にはない学生主導による起業組織として注目されている。2009年から活動をスタートし、家のキッチンに集まるような気軽な環境で高度な起業家精神を築くことを目指している。毎年活動テーマを変えることで常に新鮮な空気を保っており、今年はテックをテーマにしているという。15年以上様々なイベントやアクセラレータープログラムを実施し続けており、投資家や成長企業を含むエコシステムによって、在学中だけでなくキャリア全体を支援している。

 日本との連携をどう考えているかという質問に対し、日本と北欧ではキャリアパスの考え方が似ており、起業に対する意識も高まってスケールしやすいのではないかという意見が出た。それに対しオーフス大学では、マッチングする機能を用意しているという。ヘルシンキ大学は日本とパートナーシップを結ぶチャンスは多いと考えており、大学がパートナーの橋渡しをしたり、共同研究をしたり、北欧発の会社を日本市場で育てることも考えているようだ。

 Aaltoesではアールト大学に在学する藤村哲氏が副代表を務めており、「北欧には日本にとっても参考になる起業モデルがあり、シリコンバレーよりも連携できる可能性はあると見ている」とコメントしていた。6月にはフィンランドのストゥブ大統領も万博に訪れており、こうした機会からより交流が強まるかもしれない。

Aaltoes副代表 藤村哲氏

 パネルディスカッションの中で印象的だったのは、起業支援に対しデータを活用していくという話だ。北欧には全世界でも類を見ない非常に優れたデータベースがあり、意思決定を行う際に様々なデータを活用しているという。具体的にどのように活用しているかといった話は聞けなかったが、北欧のエコシステムを支える一つの鍵になっているのではないかと感じられた。

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