ライフシフトのきっかけは、44歳で発症した小麦アレルギー

コツコツと情報発信を続けて、グルテンフリー専門店をオープン!

文●村田明音

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 2024年11月、名古屋市中村区にオープンしたグルテンフリー専門店「みちのり亭」。メニューの監修を務める店主のnaco(岡村菜穂子)さんは笑顔が素敵な54歳。自身が小麦アレルギーを発症したことを機に、グルテンフリーの情報発信を行うように。「小麦アレルギーを持つ人が楽しく暮らすための情報発信をするインフルエンサーでもある。

「みちのり亭」の店主nacoさん。主婦のかたわらアルバイトを始めたことをきっかけに飲食業界で働く楽しさを知り、正社員になった

ラーメン店の店長なのに、突然小麦アレルギーに…どうする?

 44歳で小麦アレルギーを発症したnacoさん。そのとき、ラーメン店で店長を務めていた。「ショックでした。ラーメン店の仕事も大好きなのに、自分がラーメンを食べられなくなるなんて想像もしていませんでした。仕事のときは、メガネやマスク、手袋を付けないと調理ができなくなりました。もちろん試食もできません。プライベートでは、外食がほとんどできなくなりました。スーパーで売っているお弁当やコンビニの商品も食べられないのです」と当時を振り返る。

 仕事や食事で不便を感じる以上に辛かったことがあった。「ものすごく孤独を感じたんです。自分が食べるそのグルテンフリーとかアレルギーの食事は『みんなでシェアして、これ一緒に食べようよ』って言いにくいんですよね。健康志向のものが多く、味が薄かったりとか、野菜中心で物足りなかったり、食感が悪かったり、決して美味しいとはいえないものが多かったのです。アレルギーの人と一緒に食事をすることで、周りに気を遣わせているような気もしていました。それに、大人になってからアレルギーを発症している人がまわりに少なくて、食べられる市販の商品などの情報がインターネットで見つけにくかったり、『好き嫌いしていると思われないかな』など、理解してもらえないかもしれないことへの不安が辛かったですね」

 一方で、楽しいことも見つけた。「安心して食べられるものを見つけるだけで、まるで“宝物”を見つけたかのように、感動できるんです。いろいろな料理が入ったお弁当を食べることさえ特別なイベントになります。アレルギーがあるからこそ感じられるよろこびを発信するなかで、世の中にこのようにプラス思考でアレルギーと付き合っている人が他にもたくさんいるということもわかりました。」

知識ゼロから情報発信を学び、毎日ブログを更新して世界が変わった

 「いつか、グルテンフリーの食事を提供するお店を出したい。アレルギーの人も、アレルギーじゃない人も、みんなで「おいしいね」って笑い合えるそんな場所を作りたい。
そう考えた岡村さんが最初に取り組んだのが、情報発信だった。

 その背景には、過去の苦い経験がある。「会社から任された新業態のラーメン店を1年で閉店させてしまったことがあるんです。必死に頑張ったつもりでしたが、思うようにお客様が来なくて……。駅前で一生懸命チラシを配ったり、メニューを考えたり、できることはやったつもりでしたが、時代に合ったマーケティングの本質を理解できていなかったんです。上司に指摘され、特にデジタルマーケティングを活用していなかったことが大きな要因だったと気づかされました。」

 「次にまたお店を任せてもらえる機会があったら、ブランディングとマーケティングをしっかりと戦略的に考えられるようになりたい。いつかグルテンフリーのお店を開くときのために、情報発信のスキルを磨いておこうと決意したんです。」そう考えた岡村さんは、仕事をしながら自腹で講座を受ける日々を送った。

 「約5年間で、講座の受講費用や交通費などを合わせて300万円以上投じたと思います。」
当時の岡村さんは、スマホもLINEと電話くらいしか使わず、パソコンも売上管理程度しか触ったことがない、いわば超アナログ人間。そこからゼロの状態で情報発信をスタートし、まずはブログサイト「こもれび」を立ち上げた。

 ブログでは、小麦アレルギーに関する情報、グルテンフリーの商品を扱っている店舗、グルテンフリーの食事を提供する飲食店などを紹介していった。

 「しかし、最初のうちはアクセス数は簡単には伸びず、泣かず飛ばずの状態。一緒に学んでいる仲間からも遅れを取っていると感じました。自分は要領も良くないし、すぐ結果が出るタイプじゃないとわかったので、地道に続けていくしかないと思い、毎日書くことを徹底した結果、ブログのアクセス数は増え、最大11万PVに。ブログの読者さんを集めた小麦アレルギーのオンラインコミュニティも開設した。Instagramでは1.5万フォロワーになりました。投稿のほか、毎朝ライブ配信をしています。もう640回ほど続いているんです。『自分はコツコツ続けることしかできない』と、習慣化して日常になっています」とnacoさん。

 「発信をするときに気を付けてるのは、『私たちはアレルギーで可哀想』ではなく『アレルギーになったけど、でも楽しく暮らせるよね』『楽しいことを見つけていこうよ』という内容にしています。読者さんから『楽しむ姿勢に共感しました』『ブログを読んで救われました』と言ってもらえると、本当に良かったなと思います」と話す。

「こもれび」では、nacoさん自身が小麦アレルギーと戦ったリアルな体験談も綴られている

小麦アレルギーを持っている人に“普通の食事”を食べてもらいたい

 小麦アレルギーを持ちながらも、ラーメン店の仕事が好きだったので働き続けていた岡村さん。グルテンフリー料理を出すカフェをオープンする夢は持ち続けていて、会社にも何度も希望を伝えていた。しかし、そのたびに「グルテンフリーの店なんてお客さん来ないよ」「儲からないよ」「名古屋では無理」と何度も反対された。それでも諦めず、一日も休むことなくブログでの情報発信を続けていた。

 ブログで情報発信を始めて5年ほど経った2020年頃、岡村さんのもとにチャンスが舞い込んだ。グルテンフリー料理のカフェを出すことを目標に仕事の合間に毎日コツコツ情報発信をしている姿を見た上司が、「安い物件を見つけたから、まずは試験的にここから始めてみては?」と言ってくれたのだ。しかし、そこは会社で借りている他の物件のと比べると賃料が10分の1ほどの安い物件。繁華街からは離れたところにある築50年以上のボロボロの建物でした。

 「以前集客で失敗した苦い経験があり、『こんな場所で本当にできるの?』という不安で一杯になりました。また、コロナ禍が始まってしまったため、思い描いていたカフェではなくテイクアウト専門のお弁当屋さんからのスタートになりました。

 しかし、『腐ることなく、ここでがんばってみよう』と思うことができたのです。アレルギーになったり、お店が潰れたり、苦しい時期を乗り越えたことで、どんな困難にぶつかっても『きっとこれから良くなる』と考えられるようになっていました。お店が潰れたからこそ、自分の力のなさに気づいて勉強できたし、アレルギーになったから本当にやりたいことが見つかったんですよね。苦しい時はそう思えないけど、きっと後で『あれがあって良かった』と思える時が来ると信じられるようになっていました。」

柱が一本浮いていたり、傾いていたりした建物を直して店舗を作ってもらった

最初に見せられたときには「え…」と思ったボロボロの建物も、今ではその古さが味になって素敵なお店になったという

 「お弁当の中身は、唐揚げやフライなど、パッと見はグルテンフリーだとは思えないものばかり。ヘルシーなゆえの味気ない食事にならないよう気を付けて、小麦を使わず“普通の食事”ができるということを追究。米粉パンの粉を使ってフライを作ったり、小麦を使っていない醤油を代用したりと工夫しています。米粉のフライや唐揚げは、小麦では出せないサクサク感があって美味しいんですよ。」

小麦に加え、大麦、ライ麦、オーツ麦を使用せず調理する「ビヨンドグルテンフリー」にこだわっている

「小麦アレルギーの人にお弁当を選ぶ幸せを感じてほしい」とnacoさん

 「小さなお店ですが、ブログやSNSを見て全国から買いに来てくれるんですよ」と笑顔を見せるnacoさん。一方でお客さんの80パーセント以上は、小麦アレルギーではない人だという。名古屋の歴史ある劇場「御園座」で販売したり、テレビ局にロケ弁として納品したりと、食にこだわる人からの人気も高い。

 そして、お弁当店が軌道にのったところで、2024年11月、名古屋駅近くに念願のカフェ「みちのり亭」をオープンさせた。

「みちのり亭」は名古屋駅の新幹線口から徒歩3分の繁華街にある。レトロかわいい暖簾が目印だ

定食屋のようなお品書きがレトロ。テーブルが広く、ゆったりくつろげる

SNSで集客して広告費はほぼゼロ。それでも、行列店になった

 「みちのり亭」はグルテンフリーの料理が味わえる定食屋。唐揚げやハンバーグ、カツなどのほか、スイーツやドリンクまで幅広くグルテンフリーのメニューをラインナップ。名古屋駅近くの立地をいかして、手羽先、みそかつ、エビフライといった名古屋名物も、小麦・麦類を使用せずにグルテンフリーで再現している。

 「小麦アレルギーの方に『美味しい』と言ってもらえることはもちろんうれしいのですが、そうではない方にもよろこんでもらいたいと思っています」と岡村さん。

 当初小麦アレルギーの人が集まることのできるお店を作りたいと思ったが、途中から考え方が変わったという。「本当に大事なのは、自分の家族とかお友達といった小麦アレルギーを持っていない人と一緒に集まれるお店だと思うようになりました。『これ美味しいよ』とシェアして一緒に食べられることは、このうえない幸せなんです。」
 「沖縄や東京など県外から来てくれる方もいるし、海外のお客様もたくさんいます」と岡村さん。「『みちのり亭』は、大々的に広告を打つことなく、ひっそりはじめました」

 たくさんの人が岡村さんのブログやInstagramを見て店に来てくれたのだ。「ブログを見ています」「インスタを見てます」と言われることも多いという。5年間休むことなくコツコツと続けてきた結果が実を結んだ瞬間だ。

 「平日でも並ぶ人がいるほど。中には1時間も待ってくれるお客様もいるんです。一度失敗している分、お客様で賑わい、席が埋まっている光景を見ると、夢のようで、今でも涙が出てくるんですよね。」

 「グルテンフリーにこだわると食材や調味料の原価は高くなりますし、名古屋駅という立地なので家賃も高い。しかし、広告費をかける必要がないことで経費を抑えられるという強みがあります。できる限りお値打ちな価格設定にできるようにしています」と、nacoさん。

 さらに、こう続ける。「グルテンフリーというと、特別な人が食べるものというイメージがありますが、毎日グルテンフリーじゃなくても、じゃあたまにはグルテンフリーしてみようよみたいな、今日はうどんにしようか、今日はラーメンにしようか、じゃあ今日はグルテンフリーにしようかっていうぐらいに、選択肢の1つとして入れてもらえたらいいなと思います」と話す。

 オープンして3ヶ月、次の目標を見据えられるようになったという岡村さん。「グルテンフリーのマルシェイベントを企画中なんです。ゆくゆくは名古屋をグルテンフリー最先端の街にしたいです」と話す。

「みちのり亭」で開催したグルテンフリーバイキングの様子。フライやパスタ、ピザはもちろん、ドリンクまでグルテンフリーのものでそろえている

大海老フライ御膳ー彩りしば漬けの特製タルタルソース(2,280円)。試作のとき、食材に小麦が混入していたことに気づかず、アナフィラキシーショックで救急搬送されたこともあった

メニューは料理研究家の中辻健太氏(写真右から2番目)と一緒に開発した。また、スタッフの育成も好きだという岡村さんは、勤めていた会社が飲食部門を分社化した際に、取締役に就任した

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